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新潟地方裁判所長岡支部 昭和43年(ヨ)19号 決定 1968年2月23日

債権者 小野塚浩一 外一名

債務者 株式会社大光相互銀行

主文

債務者は、

債権者小野塚浩一を債務者銀行神田支店から同見附支店へ、

債権者福田功を債務者銀行本店営業部から同小千谷支店へ、

いずれも転勤させてはならない。

訴訟費用は債務者の負担とする。

(注、無保証)

事実

債権者らの申請の趣旨およびその理由、これらに対する債務者の答弁ならびに双方の疎明関係については、別紙「当事者双方の主張の要約」記載のとおりである。

理由

一、当事者関係等については、いずれも当事者間に争いがない。すなわち、

債権者小野塚は昭和三三年三月二四日付で、同福田は昭和三四年三月二三日付でそれぞれ債務者銀行に雇われ、後記人事異動前には、前者は長岡市内にある同銀行神田支店に預金係として、後者はやはり同市内所在の同銀行本店営業部に渉外係として各勤務していた。

債務者銀行従業員は大光相互銀行従業員組合(第一組合)を組織していたが、昭和三八年三月二四日にこれが分裂し、別個に大光相互銀行労働組合(第二組合)を組織し、第二組合の勢力は次第に増加し、現在、第一組合員は約四二名(組合専従一名、復職の裁判提訴中の者一名)に対し、第二組合員は約八〇〇名である。

債権者ら両名はいずれも第一組合に所属するものであり、第一組合役員の構成は、中央執行委員長一名、中央副執行委員長二名、書記長一名、中央執行委員五名から成つており、これらの者が中心となつて組合業務を運営しているものであるところ、債権者小野塚は昭和三八年七月以降今日まで右書記長の地位に、同福田は昭和三九年七月から現在に至るまで右執行委員の地位にそれぞれあるものである。

二、次のような人事異動があつたことも、当事者間に争いがない。すなわち、

債務者銀行は、昭和四三年一月一八日、その従業員約一、一〇〇名のうち、部長級数名、支店長および課長クラス約三〇名、次長以下百数十名の未だかつてない大量の人事異動を行なつた。

そして、右異動対象者として、債権者小野塚については債務者銀行見附支店へ、同福田については同小千谷支店への各内示がなされ、第一組合の後記異議申入れにも拘らず、同月二五日右内示通りの各発令があり、前者は同年二月二日までに、後者は同年一月三〇日までにそれぞれ赴任しなければならなくなつた。

三、債権者らはまず、債権者ら両名に対する右転勤が差別待遇ないし第一組合への支配介入であると主張するので、この点について検討するに、疎甲第一ないし第一七号ならびに債権者ら両名、石川洋一および岩淵信一の各審尋の結果を綜合すると、一応次の事実が認められる。

(一)  これまでの経緯

前示昭和三八年三月二四日の組合分裂以来、債務者銀行と第一組合との対立は激しく、両者の間に紛争が頻発した結果、別紙「当事者双方の主張の要約」添付一覧表記載の如き申請、和解、決定あるいは警告等になつて同表記載の公的機関の関与するところとなつた。一方、第二組合は、債務者銀行と協調的な関係を維持し、時に債務者銀行と一体となつて第一組合に敵対することもあり、このような状勢の中で第一組合から離脱する者も多く、そのため第一組合に所属する者は激減し、現在債務者銀行従業員約一、一〇〇名のうち、前示のとおり、第二組合員約八〇〇名に対し、第一組合員は僅々四二名となつている状態である。

(二)  本件人事異動に対する第一組合の異議と債務者銀行の処置

債務者銀行は、昭和四三年一月一八日、前示のとおりこれまでにない大量の人事異動を内示したが、これは、昭和四三年度を一、〇〇〇億円突破の年としてこの目標達成の体制確立のため、これまで春と秋に各一〇〇名ないし一五〇名、年間合計二〇〇名ないし三〇〇名の定期異動を行つていたものを、年初において一度に行つたことによるものであつた。しかして、第一組合員四二名のうち右異動の対象者として一九名が内示されたところから、第一組合では早速緊急執行委員会を開いて協議検討した結果、右一九名のうち家庭事情により転勤が不能の者四名、著しく通勤条件が悪化する者二名、ならびに債権者ら両名については、転勤の合理的理由がなく、とくに第一組合役員をこれ以上長岡市内から離隔させると同組合の業務運営上重大な支障を来すものであるとし、同月一九日、債務者銀行に対し右八名に対する転勤内示の撤回を申し入れた。これに対し債務者銀行は、家庭事情を理由とする者四名については再検討するが、その余については内示通り発令する旨を回答し、同月二四日、右再検討者四名については転勤先変更等による解決をみたが、債権者ら両名について各内示については、第一組合の再度の協議方申入れに対して「協議の必要は認めない」としてこれをしりぞけた。そこで、第一組合は、同日付で新潟地方労働委員会に右の斡旋方を申請したが、債務者銀行は右斡旋を受けることも拒否し、翌二五日、債権者ら両名について前内示通りの転勤命令を発するに至つた。

(三)  本件各転勤の債権者らおよび第一組合に及ぼす影響

債権者小野塚については、業務内容は転勤後も預金係で従前と変動はないが、通勤面で、通勤時間がこれまで約五〇分のところが一時間二五分位かかることになり、交通機関の関係でこれまでより四〇分位朝早く家を出なければならなくなること、また組合活動の点では、これまでは昼休みは週平均二回位、勤務時間後は大体毎日平均二時間三〇分位を組合事務所(長岡市内在)において書記長としての業務を遂行できていたのが、転勤するとなると距離的関係から右昼休みの活動は不能となり、勤務時間後についても通勤条件悪化から来る疲労などを考慮すると少なくとも以前より四〇分位差し引いた時間しか使えなくなることなどが指摘される。

債権者福田については、業務内容はこれまでの渉外係から転勤後は当座および普通預金のオペレーターに変ること、通勤面では、通勤時間がこれまで一五分位であつたのが約一時間位になること、組合活動の面では、これまでは昼休みは大体毎日、勤務時間後も平均毎日三時間位を組合事務所において教宣担当の執行委員としての活動ができていたのが、転勤によつて右昼休みの使用は不能、勤務時間後も交通機関の発着時間などからして約二時間位は減少することなどがあげられる。

第一組合全体からみると、同組合の業務運営は、前示の同組合役員構成メンバーのうちとくに長岡市内在勤の役員が主となつて遂行されていたものであるところ、中央副執行委員二名はいずれも長岡市外の債務者銀行店舗に勤務しており、いわゆる三役としては中央執行委員長石川洋一と書記長である債権者小野塚だけが長岡市内に在勤していたものであつて、このうち債権者小野塚が今回転勤されると残る三役としては右委員長一人となること、また債権者ら両名が組合事務に関与する時間が前示のとおり減少することによつて、組合全体の活動能力がそれだけ影響を受けることが一応認められる。

しかし、一方また

(四)  債務者銀行側の事情その他

債務者銀行では原則として、大体三年周期で人事異動を行つているもので、銀行業務の特殊性の上から同じ土地に長く居る者は他の土地へ転勤させるという方針を採つており、今回の人事異動も右方針に添つたものであり、債権者小野塚については昭和三三年入行以来、同福田については昭和三六年五月以来いずれも長岡市内の店舗に在勤しているところから、例外はあるにしても、他に比して特殊な例であるとはいえないこと、また今回の人事異動対象者約二〇〇名のうち、自宅から通勤可能地域への転勤は、女子行員も含めて約五〇名であり、債権者ら両名もこの中に含まれていて、債務者銀行が債権者らが第一組合の役員であることについてある程度配慮を加えていることが認められる。また第一組合全体の活動能力低下という点では、これまで第一組合専従者であつて同組合執行委員である小林信一が長岡市内の神田支店に復職すること、これに代つて加茂支店(長岡市外)から佐藤富司が同組合専従となつて来ること、同組合副執行委員長の一人である末武慶治がこれまでの新潟支店勤務から栃尾支店へ転勤し、長岡市内の自宅から通勤するようになることなどを綜合すると、債権者両名の今回の転勤によつて同組合の活動能力が著しく低下するものとは考えられない事情にあると認められる。そして、第二組合の役員の勤務地と比較しても、第一組合に比して第二組合のそれがより好条件であるという事情は認められない。

以上のとおりであつて、右各事実に前示争いのない事実を併せ考えると、債務者銀行はこれまで第一組合ないしその組合員にかなり弾圧的に対処しており、本件の人事異動についても、第一組合員の対象者が第二組合のそれに比して多いことなどからして、第一組合員が第二組合員に及ぼす影響などを警戒し、或る程度意図的な配慮を加えていることは窺われるが、債権者ら両名に対する本件各転勤が、差別待遇の意図のもとに行われたものまたは第一組合への支配介入であるとまでは断じ難い。従つて、この点に関する債権者らの主張を認めるに足る疎明はないものと云わざるを得ない。

四、次に、いわゆる余後効の援用について判断する。

(一)  債務者銀行と第一組合との間にかつて締結されていた労働協約は昭和四〇年一月失効し、以来両者の間は、無協約状態にあること、昭和三五年から右失効に至るまで両者に有効に存した右労働協約の中に左記条項があつたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

第二四条 銀行は組合役員の人事異動を行う場合には、あらかじめ組合の同意を得て行う。

第二五条 銀行は組合の申出があつた場合、執行委員を本部または本部所在地店舗に転勤させるものとする。

(二)  ところで、いわゆる余後効とは、要するに労働協約の規範的部分は、個別的労働契約に移入することによつて、右協約失効後も労働契約が存続する限りその効力を有する、とするものである。そして、その根拠としては一般に労組法一六条に求められ、その結果として、労働協約の規範的部分とは、同法条に所謂「労働条件その他待遇に関する基準」であるという結論が導き出される。労働時間を八時間として労働契約を結んでいても、労働協約において七時間労働と定められれば、労働時間は七時間となり、右協約が失効したからと云つて八時間労働に復すべきものでないことは、これをいわゆる労働協約の余後効としてとらえるか、あるいは継続的法律関係としての労働契約の性質上当然あるとするかは別論として、承認されなければならない。そして、右の如き効力を、労働協約のうち、少なくとも、労組法一六条にいう「労働条件その他待遇に関する基準」について定めた部分に認められるべきものであることもまた首肯されるところである。

そこでまず、本件の第一組合と債務者銀行との間に締結されていた前記条項が、右の「労働条件その他待遇に関する基準」に該当するか否かを検討する。人事異動、その一つである転勤が「待遇に関する」ものであることは明らかであるし、また例えば、「三年間は転勤させない」旨の協約条項があれば、これが待遇に関する「基準」であることも疑う余地がない。しかして、本件の如き「転勤については組合の同意を要する」旨の取り決めが、右の如き「基準」といえるかが問題である。一般に「同意」とは、同意権者の同意によつて当事者間に合意の成立することを要する意味を持つものであるから、転勤について何ら一般的基準を定めていない場合において、右の如き転勤同意条項があれば、転勤基準の設定ならびにそれに基く個別的転勤の双方に亘つて組合の同意を必要とする趣旨に解される(本件の同意条項についてもこれと別異に解すべき特別の事情は認められない)。従つて、前例の「三年間は転勤させない」というような転勤基準を定めた場合と同一に帰すばかりでなく、より大幅に組合の関与を認めたものであるということができる。すなわち、かかる同意条項が右例の一般的な基準を定めたものに比してより包括的であるということは云い得ても、これをもつて転勤の際の手続的な規定であつて単に債務的効力を有するに過ぎないものであるとは解されない。以上のような観点からしても、右の如き同意条項に「労働条件その他待遇に関する基準」と同様に規範的効力が付与される根拠がある。

しかし一方、かかる転勤同意条項は、単に労働者の待遇に関する基準であるというに止まらず、転勤が労働者にとつて賃金、労働時間等の固有の労働条件と同等ないしはそれ以上に重要であることに鑑み、それをいわば労使双方の共同決定という方法に委ね、もつて労働者の地位の向上強化を図ろうとしたものであつて、転勤という本来経営権の範囲に属する事項について労働者の参加を認めたいわゆる経営参加条項の性格を併有しているものであるといえる。そして、かかる条項が如何なる効力を有するかは、この制度の持つ目的と重要性に照らして判断すべきである(労組法一六条は、労働条件その他待遇に関する基準について規範的効力がありかつそれが最低の基準であることを宣明したものであつて、それ以外のものについて規範的効力を認めることを否定するものではない)ところ、かかる経営参加条項は、経営社会全体にかかわる制度であるが故に、経営社会の構成員である使用者および労働者を強行法的に拘束するものであつて、それ自体労働条件部分と並んで労働協約の規範的部分を構成するものと解すべきである。

従つて、いわゆる余後効についても、労働条件に関する条項と何ら区別して扱われるべき理由はないと云わざるを得ない。そして、同意権を行使する主体が組合であること、また本件におけるが如く右条項の適用を受ける者が組合員一般ではなく組合役員であることも、右の結論を何ら左右するものではない。

(三)  以上のとおり、債務者銀行と第一組合との間の前示転勤同意条項は、右条項を含む労働協約失効後といえどもなおその効力が存続しているものと解せられるところ、債権者ら両名の本件各転勤については、右条項の趣旨に副う同意があつたものと認めるに足る疎明はない。なるほど、前示したとおり、債務者銀行は、債権者らを含む第一組合員八名の転勤内示について同組合から異議申入れがあつたのに対し、右のうち家庭事情による転勤不能の者については再検討してこれが解決をみている。しかし、債権者ら両名とその他二名については、債務者銀行は当初から再考の余地なしとした態度で、第一組合の協議申入れにも「協議の必要は認めない」とこれに応ぜず、また新潟地方労働委員会の斡旋を受けることも拒否しているのであつて、右の解決をみた四名の場合をもつてして補うことはできないし、労使双方が誠意をもつて話し合うという協議義務さえ尽されていない。もとより第一組合としても何ら正当な理由もなく転勤を拒否するなどの同意権の濫用は許されないところであるが、債務者銀行としては、債権者らの転勤が不当労働行為に当らず転勤に正当な事由がある場合であつても、転勤についての同意条項がなお効力を有しているとみられる限り、第一組合の同意を得ないで債権者らを転勤させることは許されないところである。従つて、第一組合の同意なくしてなされた債務者の債権者ら両名に対する本件各転勤の意思表示は無効であつて、債権者らには右意思表示に基く転勤の義務はないものと断ぜざるを得ない。

五、保全の必要性

債権者らに本件各転勤の義務のないことは右のとおりであるところ、既に、債権者小野塚については債務者銀行神田支店から同見附支店へ、債権者福田については債務者銀行本店営業部から同小千谷支店へそれぞれ転勤させる旨の発令があり、前者は昭和四三年二月二日までに、後者は同年一月三〇日までに赴任しなければならない状態になつていることは前示のとおりである。しかして、かかる転勤は債権者ら両名をして義務なきことを強いる結果になるので、本件各仮処分の必要性もまた認められるところである。

六、結語

よつて、債権者ら両名の本件各仮処分申請をいずれも相当と認め、保証を立てさせないで本件各転勤をさせてはならないこととし、申請費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 梶原暢二)

(別紙)

「当事者双方の主張の要約」

(申請の趣旨)

債務者が昭和四三年一月二五日付でなした、債権者小野塚浩一に対する債務者銀行神田支店より同見附支店へ転勤せよとの意思表示、

債権者福田功に対する債務者銀行本店営業部より同小千谷支店へ転勤せよとの意思表示、

はいずれも右各本案判決確定に至るまでそれらの効力を停止する。

(申請の理由)

一、当事者関係等

債権者小野塚は昭和三三年三月二四日付で、同福田は昭和三四年三月二三日付でそれぞれ債務者銀行に雇傭され、後記人事異動前は、債権者小野塚は長岡市所在の債務者銀行神田支店に預金係として、同福田は同市所在の同銀行本店営業部に渉外係として各勤務していたものである。

債務者銀行従業員は大光相互銀行従業員組合(以下、第一組合という)を組織していたところ、昭和三八年三月二四日にこれが分裂し、別個に大光相互銀行労働組合(以下、第二組合という)を組織したが、第二組合の勢力は次第に増加し、現在、第一組合員は約四二名(組合専従一名、復職できず裁判中の者一名)、第二組合員は約八〇〇名となつている。

債権者らはいずれも第一組合に所属している組合員であり、第一組合の役員の構成は、

中央執行委員長  一名

中央副執行委員長 二名

書記長      一名

中央執行委員   五名

であつて、これらの者が中心となつて組合業務を執行しているものであるが、債権者小野塚は昭和三八年七月以降今日まで右書記長の地位に、同福田は昭和三九年七月から現在まで右中央執行委員の地位にそれぞれあるものである。

二、人事異動

債務者銀行は、昭和四三年一月一八日、債務者銀行従業員約一、一〇〇名のうち、部長級数名、支店長および課長クラス約三〇名、次長以下約百数十名の未だかつてない大量の人事異動を内示した。

しかして、右異動の中に、債権者小野塚については債務者銀行見附支店への転勤、同福田については同小千谷支店への転勤の各内示があり、第一組合の後記反対にも拘らず、同月二五日右内示通りの各発令がなされ、前者については同年二月二日までに、後者については同年一月三〇日までにそれぞれ赴任しなければならなくなつた。

三、不当労働行為

債権者ら両名の右転勤は、債権者らが第一組合員とくに同組合役員であるが故をもつての差別待遇、ないし同組合本部事務所のある長岡市内から債権者らを離隔させることによつて、同組合役員としての債権者らの活動を不能もしくは著しく困難ならしめ、もつて同組合の壊滅ないし弱体化を企図したもので、債務者銀行の不当労働行為である。すなわち、

(一) 債務者銀行は、前記組合分裂以来、第一組合を徹底的に弾圧してきたものであつて、公的機関によつて債務者銀行の不当労働行為または人権侵害として明確にされたものだけでも別紙一覧表のとおりである。

(二) 今回の人事異動対象者のうち、第一組合については約四二名中一九名で約五割に及ぶものであるが、これは、第二組合員約八〇〇名のうちの今回の異動対象者数に比して、著しく高い割合である。のみならず、第一組合員の異動については、子供が生れたばかりとか、家庭に重病人が居る者とか、生後間もない子供と病気の母親を抱えている者など、家庭事情を全く無視したものであつた(もつとも、これらについて、昭和四三年一月一九日、第一組合から債務者銀行に対し反対の意思を表明したことによつて解決がなされた)。

(三) 昭和四二年三月二五日の人事異動の際、第一組合の執行副委員長であつた申請外長谷川翼に対して、債務者銀行本部から高田支店への転勤の内示があり、これに対し第一組合は新潟地方労働委員会に斡旋を申し立て、その結果、第一組合は、今後は債務者銀行長岡市内店舗に残つた同組合役員を動かさないことを条件として、右長谷川執行副委員長を高田支店より長岡市に近い柏崎支店に転勤することを了承し、右斡旋委員たる小出良政公益委員は、右条件を同組合の要望事項とし、かつ、同委員の希望ということで債務者銀行に伝える旨を了承し、これが解決をみているものである。

(四) 以上のとおりであるところ、債権者ら両名の今回の人事異動は、何らその必要性、合理性を認められないばかりでなく、右両名が転勤すると第一組合の活動に著しい影響を及ぼすものである。しかして、第一組合は、昭和四三年一月一九日、債権者ら両名の右人事異動は不当労働行為を企図して為されたものであるとして、債務者銀行に対し右異動に反対する旨の意思表示をなし、その協議方を申し入れたが、債務者銀行は、右申し入れに対して「協議の必要は認めない」としてこれに応ぜず、さらに同月二四日付で第一組合が新潟地方労働委員会になした斡旋申請をも拒否したものである。

三、いわゆる余後効の援用

第一組合と債務者銀行との間は現在無協約状態にあるが、昭和三五年から昭和四〇年一月まで両者の間に有効に存した労働協約の中には、左記条項があつた。

第二四条 銀行は組合役員の人事異動を行う場合には、あらかじめ組合の同意を得て行う。

第二五条 銀行は組合の申出があつた場合、執行委員を本部または本部所在地店舗に転勤させるものとする。

しかして、右条項はいわゆる余後効を有するものであるから、右協約失効後といえども、債務者銀行が第一組合の役員を転勤させるについては、同組合の同意を得て行わなければならないものである。しかるに、債務者銀行は、前記のとおり、第一組合が債権者ら両名の今回転勤について反対の意思を表明し、その協議方を申し入れたのにこれに応ぜず、また斡旋申請にも応ぜずして、前記転勤命令を発したものである。従つて、債権者ら両名に対する右転勤の意思表示は、右協約条項に違反したものであつて、無効である。

四、労組法一七条の適用

債務者銀行は、第一組合とは前記のとおり無協約であるが、第二組合との間では労働協約を締結しており、その中に左記条項がある。

第一五条 銀行は組合の執行委員、会計監事の異動を行う場合は、あらかじめ組合と協議する。

第一六条 銀行は組合分会長の異動については、あらかじめ組合と協議するものとする。

そして、同協約に関する覚書中に

2項 組合役員の人事、休職に関する項目中の「協議」とは、労使双方誠意をもつて話し合い協議することであつて、「同意」と同意義語と理解するものとする。

しかして、第二組合員は前記のとおり約八〇〇名であり、これは債務者銀行従業員約一、一〇〇名の四分の三以上に当るものであるから、右条項は労組法一七条により第一組合にも適用さるべきである。従つて、第一組合の協議申入れにも応ぜずしてなされた債権者ら両名に対する前記転勤の意思表示は、この点からも無効である。

五、保全の必要性

以上のとおり、債権者ら両名に対する前記転勤の意思表示はいずれも無効であり、債権者ら両名は債務者銀行を相手に配転無効確認の訴を提起すべく準備中であるが、右各本案訴訟の確定を待つていたのでは、債権者ら両名の不利益はもとより第一組合の業務運営に重大な支障を生じしめるものであるので、右各意思表示の効力を停止することは緊急を要する。

(疎明関係省略)

(申請の趣旨に対する答弁)

債権者ら両名の申請はいずれも却下する。

(申請の理由に対する答弁)

一、当事者関係等についていずれも認める。

二、人事異動について

認める。債務者銀行ではこれまで春と秋に各一〇〇名ないし一五〇名、年間合計二〇〇名ないし三〇〇名の定期異動を行つていたものであるが、昭和四三年度は一、〇〇〇億円突破という目標を樹て、これが目標達成の体制確立のため、年初において一度に大量の人事異動を行つたものである。

三、不当労働行為について

冒頭の主張は争う。

(一) について

別紙一覧表の如き申請、和解、決定および警告等があつたことは認めるが、その余は否認する。右は、債務者銀行に不当労働行為ないし人権侵害があつたことを意味するものではない。

(二) について

今回の人事異動のうち、第一組合の対象者が債権者ら主張のとおりの人数であること、同組合から右異動のうち数名についての異議があつて、協議の結果これが解決をみたことは認めるが、その余は否認する。

(三) について

申請外長谷川翼について、債権者ら主張の日時にその主張する内容の転勤の内示があつたこと、右内示に対し第一組合から異議申し立てられ、斡旋の結果、同申請外人が柏崎支店に勤務するようになつたことは認めるが、その余は不知。小出公益委員から今後の人事異動については慎重にするようにとの言は聞き及んでいる。

(四) について

債権者ら両名の人事異動について第一組合から異議が申し立てられたこと、右に関する斡旋申請が新潟地方労働委員会に為され、債務者銀行がこれを受けなかつたことは認めるが、その余は否認する。

債務者銀行では、大体三年周期で人事異動を行い、同じ土地に長く居る人は他の土地に異動して貰うという方針で、毎年三〇〇名近い異動をしているものである。しかして、債権者小野塚については昭和三三年入行以来、同福田については昭和三六年五月以来、いずれも長岡市内から出ておらないので、当然転勤すべき時期に来ている。また今回の人事異動対象者約二〇〇名のうち、通勤可能地域への転勤は、女子行員も含めて約五〇名であり、債務者銀行は債権者ら両名が第一組合の役員であることも考慮し、いずれも通勤可能の場所へ転勤させたものである。また、債権者ら以外の第一組合役員の勤務地などを考え併せれば、今回の人事異動によつて第一組合の活動に支障を来すものとは考えられない。

なお、債務者銀行は、債権者ら両名の異動について、第一組合と全然話合いをしないというのではなく、一応話合いをしたが第一組合の理解を得られなかつたものである。

三、いわゆる余後効の援用について

認める。ただし、債権者ら両名主張の条項が余後効を有し、ために債権者ら両名に対する転勤の意思表示が無効であるとの主張は争う。右条項の如き同意約款は、労働協約中のいわゆる債務的部分に属するものであつて、余後効の問題は生じないものである。

なお、協議をしなかつたという点については、前述のとおりである。

四、労組法一七条の適用について

認める。ただし、右条項が第一組合にも及び、ために債権者ら両名に対する本件転勤の意思表示が無効であるとの主張は争う。

また、協議をしなかつたという点については前述のとおりであり、「協議」とは労使双方が誠意をもつて話し合うことで、同意がなければ異動できないとの意味ではない。

五、保全の必要性について争う。

(疎明関係省略)

一覧表

番号

関係機関

年月日

内容

新潟地方労働委員会

昭和三八年三月二九日

昭和三九年八月二二日

支配介入の不当労働行為救済申立

右和解成立

新潟地方裁判所長岡支部

右同年九月一二日

配置転換効力停止の仮処分決定

(第一組合員川上カツイ)

右同支部

右同年一〇月二〇日

右同趣旨決定(第一組合員田中紀)

右同支部

右同年一一月一九日

右同趣旨決定(第一組合員岸野一枝)

右同支部

昭和四〇年七月一六日

組合事務所使用妨害禁止禁止仮処分決定(債務者銀行が第一組合事務所を無断で取り毀したため)

新潟県弁護士会

右同年一一月二日

右組合事務所取毀に対し、警告書により人権侵害として警告

右同

右同年一〇月四日

人権侵害により救済申立(前記第一組合員田中紀の仮処分決定に対し、債務者銀行に勤務しても机に座らせておくだけで仕事を与えないため)

新潟地方労働委員会

昭和三九年九月一八日

昭和四一年一月三一日

支配人介入の不当労働行為救済申立

右和解成立

右同

右同年六月二〇日

右同年九月七日

裁判事項=差別待遇、支配介入の不当労働行為救済各申立―目下審理中(第一組合員長谷川翼他二〇名に対し出勤停止等懲戒処分および第一組合員武石彰他七名に対し第二次の出勤停止等の懲戒処分のため、ならびに第一組合員和泉功が暴力により退職)

10

新潟地方裁判所長岡支部

右同年一一月一九日

従業員地位保全仮処分決定(第一組合委員和泉功)

11

新潟地方労働委員会

昭和四二年五月二七日

差別待遇の不当労働行為救済申立―目下審理中(一時金の差別支給)

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